セレクトセールを終えて

 セレクトセール、セレクションセールでは、当場の上場馬にもたくさんのお声掛けをいただき、誠にありがとうございました。
 セリの後もたくさんの方から「よかったね」と温かい言葉をいただきました。今年の出産シーズンは本当に厳しいものでしたので、無事にセリを終えることができてホッとしています。


 思えば始まりは昨年の秋からでした。
 2頭のオープン馬を出している母馬がオルフェーヴルの仔を流産。そのひと月後、ディープインパクトを受胎していた上がりの牝馬が流産しました。正直なところ、よりによってなぜこの馬なのか…と思いました。12月にはさらに1頭が流産し、ERV陽性(ウィルス性馬鼻肺炎:妊馬が感染すると流産を起こす)と出ました。
 ERVが恐ろしいのは、飛沫や接触によって感染するため、同じ放牧地にいる馬や、周辺の馬房にいる馬に、流産が連鎖していく可能性があることです。ERVによる流産は、前兆なく突然起こります。直ちに敷き藁や扱っていたスタッフの衣服などをすべて焼却処分し、馬房は徹底消毒の上、厩舎への立ち入りを制限して厳戒態勢をとります。

 そのような中、ホエールキャプチャと同じ放牧地で、隣の馬房にいた馬が流産しました。流産した胎児が家畜衛生保健所で検査され、ERV陽性か陰性かの判定が出るまでは祈るような気持ちでした。結果はERV陽性。このときほど背筋が凍る思いをしたことはありません。流産した胎児の姿が夢に出てくるほどでした。とにかく無事に生まれてくれることだけを願いました。


 しかし、現実はなおも容赦ありませんでした。
 ハーツクライの牡馬が、呼吸のない状態で生まれました。産道を通る時に肋骨が折れたようで、折れた骨が心臓に達していました。
 オルフェーヴルの牝馬が、生まれて1時間も経たずに息を引き取りました。必死の思いで人間用のAEDまで使いました。母はオークス馬のスマイルトゥモロー、牝馬ながらしっかりとしたとても良い馬でした。
 ダンツプリウスの母ストロングレダの男の仔は死産でした。プリウスがアーリントンCで2着の実力を見せた2週間後のこと。ニュージーランドトロフィーで重賞初制覇を飾ったときには、すでに当歳はいなかったのです。

 スタッフからの夜中の電話のコールは緊張の瞬間でした。それが緊急事態を告げるものなのか、無事生まれたという知らせなのか、第一声を聞くまでの間が怖くて仕方ありませんでした。


 そして4月28日の夜、スタッフからの電話が鳴りました。
「ホエールキャプチャのお産が始まります」

 このときをどれほど待っていたでしょうか。生まれたばかりの湯気の立ち上る小さな身体に、鼻づらを寄せるホエールキャプチャのやさしい顔。「牡です!」という声を聞いた瞬間に、今までの苦労がすべて報われたような気がしました。

 ホエールキャプチャの当歳は、30分ほどして立ち上がる素振りを見せたかと思うと、40分もしないうちにすっくと立ってみせました。ふつうの当歳なら、一度立ち上がってもよろめいたり、疲れて倒れ込んでしまったりするものです。私は少しお尻を押してみました。というのも、まだ不安を拭い切れていなかったからです。内臓系に何らかの問題があって生後直死に至るケースもあります。しかし、当歳は私の手を身体全体で力強く押し返してきました。「これはすごい」。見守っていたスタッフの間にも安堵の笑みがこぼれました。

 ご存知の通り、この当歳はサンデーサイレンスの3×3のクロスを持ちます。常道ならば、キングカメハメハを配合するでしょう。ですが、オルフェーヴルは同世代で三冠を制した年度代表馬。そしてホエールキャプチャと芙蓉Sで1着2着を決めた相手です。どちらもたくさんのファンの方々に愛された馬でしたので、初仔には夢やドラマがあってもいいのではないかと思いました。
 体型的にも合う配合だったと思います。その話題性だけにとどまらない、素晴らしい馬が生まれました。日を追うごとに著しく成長し、遅生まれとは思えない堂々とした立ち居振る舞いからは、父と母双方の強さを感じます。
 生まれるまでの過程も波乱万丈でしたが、セレクトセールでもドラマチックに、馬に懸ける人の夢と情熱を感じさせてくれました。

 牧場にはいろいろなことがあります。セレクトセールの前にも、残念ながら、来年生まれるはずだったダノンプラチナの全きょうだいとなる仔が母のお腹から消えてしまいました。負けそうな時も、くじけそうな時も、頑張れるのは支えてくれる人たちがいるおかげです。

 馬がつなぐ人とのご縁、オーナー、スタッフ、すべての皆様に感謝申し上げます。